雨とストーブの秋

よく晴れた土曜日から一転して雨の日曜日、そして冷たい雨は降り止まぬまま週明け。洗濯した2人分のシーツとタオルケット、週末の運動会で使った体操着と鼓笛隊の衣装、園に返却する絵本、傘、6歳児と3歳児、いつになく荷物の多い月曜日。

運動会の練習に関しわが家の3歳児は、気分の向くとき以外はやらない、というシンプルな原則を貫いていたようで、先週までの園からの連絡ノートも「今日は気が進まなかったらしく部屋の隅で絵本を読んでいました」、「『きょうはやらない』と言って部屋の中にいましたがふと見ると自分の場所で踊っていました」と、自由な風吹き抜ける記述。そんな態度を認めてくれる園で助かったが、運動会の終わった夜、微熱を出してうなされてたとこを見ると、3歳児もそれなりに重圧感じてたみたいだ。まあ徒競走のBGM聞くなり昔を思い出して「あーこの音楽やだなぁ」と口走ってしまう、スポーツマンシップに欠けた両親のもとに生まれては無理もないか。その運動会も無事過ぎ去り、今朝の彼は、もも組の部屋の隅で大好きなのりものの絵本に没頭するという、再び訪れた小さくて完璧な自由と幸福の中にいた。

冷たい雨の日が2日続き東京もさすがに冷えていて、この秋はじめてのストーブをつける。狭い家に無理矢理3台目のガスストーブを導入して、昨シーズンから暖房は全部ガスでまかなうことにしたのだ。灯油を入れ替える煩わしさからは解放されたのだけれど、同時に失ったものもある。石油ストーブのあの匂い。やかんが絶えず沸く音やカゴに盛られたみかんの色、分厚いフィッシャーマンズセーターの重み、枯れ葉を踏みしだく感触、頬にあたる風の冷たさまで、とてつもない量の記憶を一瞬で脳裏に呼び覚ます、あの石油の匂いの不思議と甘美を味わうには、私は自分の家以外のどこかに出かけなければならない。甘酸っぱく不可解なあの感覚、ほんとに大好きなのだけれど。失ったものは大きい、と嘆いてみるけれど、364日は便利と快適を謳歌して残りの1日でそんなこと言ってみる人間の呟きを聞いてられるほど、神サマも誰も暇じゃないのだ。

「ねえママ、これ開けてー」とまだ青い早生のみかんを持ってくる3歳児に、これは開けるって言うんじゃないんだよと教えながら皮をむいてやる、そんな秋の一日。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック