ケムリ研究室 no.1『ベイジルタウンの女神』 @ 世田谷パブリックシアター

KERAさんが緒川たまきさんと立ち上げた新しいユニット「ケムリ研究室」の、旗揚げとなる公演。コロナ禍でKERAさん自身も今年前半に予定していた(ひとつは稽古までしていた)公演が2つ飛ぶなどしている状況で、この公演も開演まで漕ぎ着けられるのかギリギリまで不安定ではあったけれど、無事開幕。

とはいえ、コロナのせいで収入が激減してる私、チケ代にビビって「今回この金額出すの厳しいな…」と当初行く予定にはしてなかった。でも評判を聞くにつけやっぱりどうしても観たい気持ちがつのり、最終的にはKERAさんの「小野寺君のステージング、上田君の映像、光介の音楽、3人勢揃いするような贅沢は毎作はできない」(大意)というツイートの言葉にぐいっと背中を押されて、終盤でイベント収容人数緩和にともなう追加席が出たラッキーもあって購入して行ってきた。観たらそう思うのはわかってたけど、行って、観て、ホントによかったです…。

私が観たのは東京千穐楽前日の9/26の昼の回。3階席だったけど、世田谷パブリックシアターは3階でも舞台まで遠いながら見やすいのでストレスなしだった。キャストはおなじみの方が多かったので、3階からだと顔は判別できないものの、声で「あっこれは圭哉さん…」などと把握しながら物語に入り込んでいく。

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ケムリ研究室 no.1『ベイジルタウンの女神』

作・演出
ケラリーノ・サンドロヴィッチ
振付
小野寺修二
映像
上田大樹
音楽
鈴木光介
出演
緒川たまき 仲村トオル 水野美紀 山内圭哉 吉岡里帆 松下洸平
望月綾乃 大場みなみ 斉藤悠 渡邊絵理 荒悠平 髙橋美帆
尾方宣久 菅原永二 植本純米 温水洋一 犬山イヌコ 高田聖子

日程・会場
東京 2020/9/13(日)~9/27(日) 世田谷パブリックシアター
兵庫 2020/10/1(木)~10/4(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
北九州 2020/10/9(金)・10/10(土) 北九州芸術劇場 中劇場
料金
東京 S席¥12,000 A席¥8,800
兵庫 ¥9,800
北九州 一般¥8,500 ユース¥4,500(24歳以下・要身分証提示)
全席指定・税込


とにかく役者さん全員のうまさが突き抜けててびっくりする。全部で3時間半ぐらいあるのだけど、緻密な脚本をなんてことない顔で(まさに水野美紀さんが、あの世界を創り上げるために「アヒルみたい」に「潜って水掻きしたり水面に出てスイスイ進んだり」しているとツイートしていたように)すいすいカタチにするこのキャストの技術あっての3時間半だから、小粋なセリフの応酬も、魔法のような転換の動きも、ニヤニヤもクスクス笑いも大爆笑も涙も、ぱんぱんに詰まって厚く重く濃い。

何より緒川たまきさんの魅力が大爆発!美しさや存在感が際立っている女優さんなのは今さら言うまでもないけれど、ここのところ観てきたKERAさんのお芝居の中でも私が特に大好きな『陥没』『グッドバイ』『キネマと恋人』あたりでの緒川たまきさんのチャーミングなコメディエンヌっぷりったら目を見張るほどで、そのえも言われぬ魅力をとことん味わい尽くせるお芝居だったと思う。

ケムリ研究室の旗揚げを祝うかのように集まったキャストの面々もひとりひとり素晴らしかった。下世話な言い方しちゃうけど、主要キャスト12人の顔ぶれを見たら、S席12,000円(=1人あたり千円)なんて安すぎて申し訳ないほどだよね(←高いと諦めかけた私が言う)、あのキャストの正味の3時間半を独占できると思ったら。山内圭哉さんうまいと毎回思うけども今回は呆れるほど凄かった。いつもイケスカナイ役を演じる印象だったので婚約者ハットンのような正統派な人物を…!と最初珍しがっていたらやっぱりイケスカナイ役だった(笑)。水道のハットンとの二役は見事のひとこと。こういう役者さんあってこそKERAさんの脚本は立ち上がってくるのだなあ。仲村トオルさん男前オブ男前で惚れざるを得ないし、(「ちょっと、まってください」に引き続き)乞食役をチャーミングに演じられる女優ナンバーワンなのではないかと思える水野美紀さんめちゃめちゃ愛せたし、私は舞台で観るの初めてだった高田聖子さんさすがの貫禄だったし、松下洸平さん吉岡里帆さんのはつらつとした魅力が弾ける若いカップルもとてもよかったし、温水洋一さん犬山イヌコさんは客席を笑い転げさせながら哀しみをあふれさす彼らだけの秘術を炸裂させまくってて圧巻だった。菅原永二さん尾方宣久さん植本純米さんがそれぞれに演じる、クセのある側近連中はたまらない存在感でいとおしかった。

大きなブリムの帽子とタイトスカートからスラリと伸びた脚が印象的な、緒川たまきさん演じるお嬢様育ちで大金持ちの女社長・マーガレットが、商売上の賭けのために貧民街で1か月暮らすことになるところから始まる物語。話の発端となる、マーガレットとタチアナの噛み合わない「いちごジャム」の冒頭だけでも息ができないぐらい笑わせられて、緒川たまきさんという役者の中に潜む笑いのポテンシャルにあらためてびっくりする。マーガレットが身分を隠して潜り込むがゆえの行き違いのドタバタは良質なコメディのお手本のようで、客席中を隅々まで笑いで満たしてどこまでも心地よい。

ベイジルタウンに暮らす乞食たちが、がさつではあるけれど人間的で心根優しくとても魅力的。近寄ると臭くて、意地汚く食べ残しを漁って、その辺の虫も食用にして、と、乞食らしさはあけすけに描かれるけれど、彼らのコミュニティにポンと入り込んでしまう怖いもの知らずのマーガレットに導かれて、観客もすぐに王様やハムやドクターやサーカスたちの魅力に引き込まれてしまう。ばかりか、ベイジルタウンでの乞食の暮らしも悪くないと思い始め、屋根もない小さなバラックでの生活に憧れを抱くようにさえなってくる。芝居の中で、マーガレットが社長の身分を隠しながらボロボロの格好をしている自分を指し「本当はこんなじゃないけど、いろんな事情でこうなってるだけなのよ」と強がり、ハムだったかサーカスだったかが「乞食なんてみんなそうだよ」と言い返して客の笑いが起きる場面があるんだけど、「こちら側」と「あちら側」の境界線が急にあいまいになる気がしてハッとするセリフだった。そう、乞食も金持ちも、中流の市民もアウトサイダーも、「今たまたまこうなってるだけ」の同じ人間なんだ、って。

素性を隠した主人公とそれを知らない周囲の行き違いから生まれる騒動や身分違いの恋、というストーリーの立て付けはオーソドックスで素朴とさえ言えるものかもしれないけれど、KERAさんの筆はその中で意識的にも無意識的にも2020年の私たちの現実に激しく牙をむいていた気がする。マーガレットがキラキラした目で「ベイジルタウンを乞食が乞食のまま暮らしやすい場所にしたい」と夢を語るシーンで、つい数日前に就任したばかりの冷たく「自助」を掲げる我が国の総理大臣のことが交錯してしまったり、大資本によって買い占められホームレスが排除されてしまった「(元)公共の場」宮下パークのことがよぎってしまったりもしたのは、私だけじゃなかったと思う。マーガレットの爪の垢、煎じて飲め。

乞食たちのキャンプファイヤーのシーンは、とびきり美しくて心打たれた。土地の歌と踊りが自然に盛り上がっていく中で、マーガレットと王様がふとした拍子に距離を縮め、抱き合って踊る。誰に命令されるのでも、期待されるのでもない、内側からわき起こる止められない思い。これほどピュアなものあるだろうかと思うぐらいの、ティーンエイジャーのようなピュアな恋の始まり。

ラスト近くのふとしたシーンだけれど、ベイジルタウンから戻ってきたマーガレットが、無意識にゴミ箱を漁ってしまったり、虫を(食べるために)探してしまったりするの、最高だった。王様や乞食仲間たちに誤解されたまま別れ別れになって傷心しているはずなのに、いやおうなく発動されてしまうたくましさ。それは、可笑しくもありせつなくもあり、何より強靭で勇気がわくものだった。そのたくましさは、心に壁をつくらないマーガレットの軽やかさが得たものだ。上流階級と貧民層との境目をひょいっと越えてしまうマーガレットの持ち前の人なつっこさが身につけたものだ。

人との間にすぐに線を引いてあちらとこちらを色分けしてしまう私たち、世界を細かく区切ってよりトクなほうにいようと様子をうかがう私たち、「私はあなたじゃない」と何もかもをたちどころに分断してしまう2020年の社会、にとって、マーガレットの存在は(ベイジルタウンにとってと同じぐらい)女神のようかもしれない。「貧民街で1か月絶対暮らせる」と自信たっぷりに言い切ってしまうマーガレットの無防備な楽観を、危なっかしいほどのオープンな愛を、少しでも私たちもマネしてみようとするのもいいかもしれないよね。『ベイジルタウンの女神』。くそったれなことばっかり次々と起こる困難な時代だけれど、こんな、ちいさな希望を指し示す物語もある、と思えた。

コロナ禍で席数減らしての公演を余儀なくされたため、KERAさんが早くも、いつか再演してもっと多くの人に観てほしいとつぶやいている。そのときはまた私もベイジルタウンに、気のおけない人々が住むあの素敵な空間に呼ばれたい。そして、ケムリ研究室の次回作にも期待が高まります…!

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(KERAさんのお芝居は3時間半の一瞬ごと全方位に強烈な感想を抱きながら観ているので、感想文もまったく書き足りてないけれど、永遠に追いつきもしないので観念していったんこの辺でアップ。心もとない記憶を頼りに書いているのでストーリーやセリフは大いに間違ってるかもでゴメンナサイ!)

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