映画『それぞれ、たまゆら』とアフタートーク

劇団MONOを主宰する土田英生さんが初監督した映画『それぞれ、たまゆら』を、渋谷ユーロスペースに観に行った。11/4(水)の回に土田英生さん×ケラリーノ・サンドロヴィッチさん、という組み合わせのアフタートークがあるとTwitterの告知で知って、「好きな人×好きな人!至近距離で見られる!おもしろそう行くしかない!」と、3秒でチケット予約(最前ど真ん中)。

と書いたけど、土田さんのお芝居はじつはほんの少し知ってるだけ…。でも私にとって初・土田さんだった2017年「きゅうりの花」(再演シリーズ)が隅から隅まで衝撃的によくって結局3回も足を運んでしまったほどなので、好き度においてとても信頼している演出・作家さんなのだ。

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『それぞれ、たまゆら』は1時間ほどの映画。せつないお話なのに、客席から笑い声が何度も上がるぐらいおもしろい、土田さんらしい空気に満ちた作品だった。可笑しさと哀しさが、かわりばんこにくるんじゃなくて、「同時にある」んだよね。それは土田さんの世界観に通底してる気がする。

世界中の誰もが知らず知らずに、耳が聞こえづらくなりだんだん眠くなって最後に眠り込んでしまう、そして生から切り離されていく、ふんわりした「世界の終わり」。みんな自分がそうなる前に、せめて好きな人と一緒にいようとしたり夫婦で仲良くしようとしたりDV夫から離れようとしたりするけれど、些末なことにとらわれたりこだわりを捨てきれなかったりしてうまくいかない。

避難所のスペースの境界線のことで言い争いになって段ボールの仕切りを押し合う家族と会社員とか、好きな人の前夫(自分の友人)と自分の「アレ」を比べて卑屈になってなかなかコトに及べない役場の職員とか。その職員が、例え話のために持ち出したピンポン玉をそのあともずっとポケットに入れて歩き、無意識に机でカチカチ鳴らしたりしてるのすごくおかしかった。人生の終わりにせめて大切なものをしっかり手にしていたいのに、気づけばそれらは手をすり抜けて、つかんでるのは段ボールの仕切りやピンポン玉。

避難所となった古ぼけた学校の体育館、という舞台設定も、土田さんらしくとても好きだった。誰にとってもなじみがあるけれど、それ以上どこにも行けない何もできない、どんづまりを象徴するような場所。世界の終末という一大事に、やっぱりそんなところに集まって無聊を託ってしまう私たち。真面目で一生懸命で馬鹿馬鹿しい。

MONOの役者さんを中心とした出演者が、みんな魅力的だった。とりわけ金替康博さん、(舞台で見ても思うけど)普通にしてたら地味で少しも目立たないのに、「哀しさと可笑しさが同時に存在」をひとりで体現していて、えもいわれぬ存在感。中越典子さんやMONOの立川茜さんやDV夫に悩む主婦3人や、さまざまな女性のそれぞれの強さも印象に残った。

それにしても…。とくべつ悲愴なわけでもなく日常のすぐ隣に「世界の終わり」があって、みんながそれをふんわり受け入れていくというあり得ないようなストーリーが、誰しもマスクをするのがいつのまにか当たり前になって死と地続きであることに慣れてきてしまったコロナ禍の今と重なって、震撼とさせられるものがあったな…。この映画、たぶん今年よりずっと前に制作されたものだと思うのに、すぐれた表現者ってやはり時に予言めいたことをしてしまうものなんだ…。


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<アフタートーク>

映画が終わり、土田さんとKERAさんのアフタートーク!コロナ禍ということでスクリーンを挟んだ両側にマスク姿のふたりがディスタンスをとって立ち、トークも手短に。といっても20分近くあったかしら。超おもしろくてあと1時間でも2時間でも聞いていたかった。

KERAさんが事後のツイートでこのときのトークの内容を「『映画が、いかに演劇と勝手が違ってカメラマンの言いなりになりがちか』という共通の見解を。」と書いていたように、(演劇畑の脚本家であり演出家であるKERAさんと土田さんは)演劇は全部自分でコントロールできるけど、映画では撮影のことに関してはわからないからカメラマンの言いなりになりがち…という話をお互いに。おかしかったなー。これが初監督作品の土田さんは、今まで脚本でテレビや映画はやらせてもらってるけど、画に不満を持ったことは別にないんです、と。ただ演技のさせ方について、おもしろいセリフを普通に言う、とかができなかったり、例えば「壁から見ている」というト書きでも(自分が脚本に書いたイメージと違い)BGMがジャンと鳴ってぴゅいっぴゅいっぴゅいっと(順に3人顔を出すジェスチャー)いかにもな感じで出てきたり、自分が思ったような演技が実現しないことが多くてちょっと不満だったんです、というようなことを言っていた。(そこでKERAさんが冗談まじりに「新感線みたいに拍子木入れてほしくないっていう(笑)」土田「(笑)いや新感線はあれで成立してますから」KERA「あれはあれでカッコイイんだけどね」土田「拍子木入れちゃいけないところに入れるなって話ですよね!」という会話があり、客席爆笑。)

あとKERAさんはこの映画を、自宅で大きいモニターで見たけど、今はスマホとか小さい画面で見る人も多いから、それにどこまで合わせるか、シーンでどこまでカメラを引いていいかとか悩みどころだよねという話も。最後のほうの板垣さんが寝てるシーン(=カメラがすごい引いてる)は、土田さん自身自宅でチェックしてて「あれ、これ何映してるんだろ?」って画面を探しちゃった(笑)って。

KERAさんは、土田さんが初監督で時間も長くないこの作品で、群像劇をやろうと思ったのがスゴイと。俺も群像劇好きだから、おもしろかったと感想述べてた。(そっか、私も群像劇好きだからKERAさんや土田さんのお芝居に魅かれるんだなー。)「あのシーンはどれぐらい切ったの?」とか「あの3人のシーン、すごい演劇臭いよね」とかの、お芝居の人(しかもKERAさんと土田さん!)ならではの視点での話、興味深かったなー。他にもいろいろな話があり、もっともっと聞いていたかったけど、残念ながらおひらき。

とにかくミーハーなので、土田さんとKERAさんが一緒にいるところをこんな至近距離で見られた!声が聞けた!というのがうれしさマックスのアフタートーク。速攻チケ買った甲斐あった!…とホクホク大満足で歩く帰りの渋谷の街や乗換駅の吉祥寺は、以前では考えられないほど人が少なくて、映画の中の世界ほどではないにしろうっすら異様なのだった…。

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